炭素繊維は「鉄の10倍強い」のか?

カーボン(CFRP=Carbon Fiber Reinforced Plastic)の宣伝文句としてよく見かけるのが 「鉄の10倍の強度」というフレーズです。確かに、炭素繊維単体の引張強度は 3,000〜7,000 MPa に達し、鉄鋼(400〜500 MPa 程度)と比べると数値上は大きく上回ります。

しかしこの比較には大きな落とし穴があります。実際の製品で炭素繊維を100%のまま使うことはありません。 必ず母材となる樹脂(マトリックス)と組み合わせた「複合材料」として使います。 樹脂を含んだCFRPの強度は、繊維だけの値よりも大幅に低下します。 さらに、繊維の方向に対して垂直な方向の強度は著しく弱くなります。

ポイント:CFRPの性能は「繊維の種類」「繊維の配向(方向)」「母材樹脂」 「成形プロセス」の4つの掛け算で決まります。炭素繊維単体のスペックだけでは、部品の強度は語れません。

つまり、CFRPの設計では繊維だけでなく、どんな樹脂を使い、どの方向に繊維を配置し、 どう成形するかが極めて重要です。その出発材料として使われるのが「プリプレグ」です。

プリプレグとは

プリプレグ(Pre-impregnated material)とは、炭素繊維やアラミド繊維などの強化繊維に、 あらかじめ熱硬化性樹脂(主にエポキシ系)を含浸させたシート状の中間材料です。 必要な形に切り出して型に積層し、熱と圧力をかけて硬化させることで最終製品になります。

モータースポーツの世界では、プリプレグをオートクレーブ(加圧加熱炉)で 成形する手法が主流です。高圧(最大7気圧程度)と高温(120〜180℃)を同時にかけることで、 気泡を極限まで排除し、繊維体積含有率(Vf)を高めた高品質な積層板が得られます。 F1やスーパーGTのモノコック、エアロパーツはほぼすべてこの方法で製造されています。

プリプレグにはいくつかの種類があり、用途や求められる特性に応じて使い分けます。 以下に代表的なタイプを紹介します。

プリプレグの種類

1. Woven(織物)クロス ── 綾織(ツイル)

最もポピュラーなカーボンプリプレグのひとつです。経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を 交互に織り込んだ布状の形態で、縦横両方向に繊維が配置されるため、 擬似等方的な強度バランスが得られます。

ツイル織カーボンプリプレグ 12Kと3Kの比較
綾織(Twill Weave) ── 上が12K、下が3K。トウの太さ(フィラメント数)で織り目の粗さが大きく変わる

ツイル織(綾織)は繊維が斜めの綾目模様を描くのが特徴で、 繊維の交差点が平織より少ないため、ドレープ性(型への追従性)に優れ、 複雑な三次元形状にフィットしやすい利点があります。 ボンネットやカウルなど曲面の多いパーツに多用されます。

写真では上側が12K(12,000本のフィラメントを束ねたトウ)、 下側が3K(3,000本)の綾織です。 トウが太い12Kは織り目が粗く、1枚あたりの目付(単位面積あたりの繊維重量)が大きいため、 厚い積層を少ない枚数で構成でき、作業効率に優れます。 一方、3Kは織り目が細かく繊細な見た目になり、薄い部品や意匠面に適しています。 トウの太さの選択は、部品に求められる厚み・外観・コストのバランスで決まります。

織物クロス全般の弱点は、繊維が上下に波打つ「クリンプ」が発生することです。 繊維が真っ直ぐでない分、引張強度はUD(後述)に比べて低下します。 ただし成形性と取り扱いやすさでは大きなアドバンテージがあります。

2. 開繊クロス(Spread Tow Fabric)

通常のトウ(繊維束)を薄く広げてからクロス状に織り上げたものが開繊クロスです。 繊維束が薄く扁平なため、クリンプ(繊維の波打ち)が従来の織物より大幅に低減され、 強度と剛性が向上します。

開繊クロス(Spread Tow Fabric)
開繊クロス(Spread Tow Fabric) ── トウを薄く広げて織り上げることで、クリンプが少なく平滑な表面になる

写真を見ると、通常のツイル織と比べて織り目が大きく平坦で、 繊維が真っ直ぐに近い状態を保っているのがわかります。 1層あたりの厚みが薄くなるため、薄肉で軽量な積層設計が可能です。 見た目も繊維目が細かく美しいため、意匠面にも好んで使われます。 ただし、通常のWovenクロスに比べて材料コストは高めです。

3. UD(Uni-Directional:一方向材)

すべての繊維が一方向に揃ったプリプレグです。 織物のようなクリンプがないため、繊維方向の引張強度・剛性が最も高いタイプです。 構造設計上、荷重がかかる方向に繊維を正確に配置できるので、 重量あたりの性能を最大化できます。

UD材の繊維を広げた様子
UD材の端部を広げた様子 ── カーボンシートが無数の細い繊維の集合体であることがわかる

上の写真はUD材の繊維を広げて、カーボンプリプレグの正体を視覚的にわかりやすくしたものです。 一見すると1枚の黒いシートですが、実際には直径わずか5〜7μm(マイクロメートル)の 極細炭素繊維が何万本も束ねられ、樹脂で固められた構造です。 この「繊維の集合体」であることが、CFRPの特性を理解する上で重要なポイントです。

UDカーボンプリプレグ
UD(一方向)プリプレグ ── 繊維がすべて同じ方向に揃っている

反面、繊維と直交する方向には樹脂の強度しかないため、 必ず複数の角度(0°/±45°/90°など)で積層して使います。 また、織物のような繊維同士の拘束がないため、カット時にほつれやすく、 複雑形状への追従性もWovenに比べると劣ります。

モータースポーツのモノコックや構造部材では、 荷重解析に基づいてUDプリプレグの積層角度と枚数を精密に設計するのが一般的です。

4. アラミド(ケブラー)クロス

炭素繊維ではなくアラミド繊維(代表的な商品名:ケブラー®)を使ったプリプレグです。 鮮やかな黄色の繊維が特徴で、炭素繊維とは異なる特性を持ちます。

アラミド(ケブラー)プリプレグ
アラミド(ケブラー®)クロス ── 特徴的な黄色の繊維

最大の利点は耐衝撃性です。 カーボンが衝撃で脆性的に割れるのに対し、アラミドは繊維が伸びながらエネルギーを吸収するため、 破片が飛散しにくい特性があります。 モータースポーツではドライバー保護のためにモノコックの内側にアラミド層を入れることが レギュレーションで義務付けられているカテゴリーもあります。

弱点としては、圧縮強度がカーボンに比べて低いこと、吸湿しやすいこと、 そして加工が難しい(繊維がケバ立ちやすい)ことが挙げられます。 そのため、カーボンとのハイブリッド積層で使われることが多いです。

プリプレグの比較

タイプ 引張強度 成形性 特徴
Woven(織物) 良好 バランスが良く扱いやすい。クリンプにより最大強度はUDに劣る
開繊クロス 中〜高 良好 薄肉・軽量設計に適し、外観も美しい。コスト高
UD(一方向材) 高(繊維方向) やや難 繊維方向に最高性能。直交方向は弱く多角度積層が必須
アラミド やや難 耐衝撃性に優れ破片飛散を防ぐ。圧縮強度は低め

まとめ

CFRPの性能は炭素繊維だけでは決まりません。 プリプレグの種類(Woven、開繊、UD、アラミド)、母材樹脂の選択、 そして積層設計と成形プロセスの組み合わせによって、 最終製品の強度・剛性・耐衝撃性が大きく変わります。

モータースポーツで最高のパフォーマンスを引き出すためには、 荷重条件に応じてこれらの材料を適切に組み合わせる設計力が不可欠です。

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